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【第9回】彼女の「嫌い」なところ:男の手が必要ないのはかわいげがないですか?

2017.09.09

【第9回】彼女の「嫌い」なところ:男の手が必要ないのはかわいげがないですか?


わたしの悩みは、男の手が必要ないことです。自分1人で何でもできてしまうし、特に機械もの・配線などに限って得意で……。これじゃ男の人のメンツが立たないんじゃないか、と思っています。やっぱりできないことが多くて、男にちゃんと甘えられる弱い女のほうがいいんでしょうか?


包み隠さずにいうと、「弱い女ってずるいな」と思ったことがあった。心が弱っているときだったから、そしてそれを一人抱え込んでいるときだったから、「僕がいないとだめなんだ」と思わせるような“弱い女”をズルい、と思った。


わたしは見た目のひ弱さはさておき、どちらかというと“強い女”に属してしまう気がする(どちらかというと、というレベルだけども)。“強い女”は簡単に捨てられてしまうのではないか、と杞憂したこともある。もし“弱い女”が浮気相手として浮上しようものなら、映画や漫画などで見るように「きみは一人でも大丈夫だろ」と言って、好きな男は結局自分のもとを離れてしまうんじゃないか?


あぁ、弱い女は、いいよな。


……ひがみの感情が珍しくぼわっと湧き上がって、ひとりシャワーをばしゃばしゃと浴びた。そして、冷静になったところで、思った。


どんな “弱い女”だって、いざとなれば一人で生きられる。

男だってそんなことは冷静に考えればわかるはずなのだ。


性格・経済力・生活力。言うまでもなく、実際にそれらが“強い”か“弱い”かは、関係ないだろう。わたしが“弱い女”と呼んでいる、“愛される女”の正体は、なんなのだ?


……必要とされていると思わせるのがうまい女、ではないか?



誰だって、必要とされたら嬉しい。必要とされる場所に応えたいという気持ちだって湧くし、必要とされる場所とされない場所があれば、前者を選ぶのは当然だろう。


いわゆる“強い女”は、“必要とする”のが下手なのかもしれない。

でも、頼るのって意外と難しい。「だって自分でできるんだもん」「自分でやったほうが早い」と思ってしまうこともあるだろう。


そう考えながら、わたしは母のことを思い出した。



わたしの母は、よく「お父さんに頼んだら?」「お父さんに聞いてみたら?」と言う。


わからないからではない。父は頼られるのが好きな性分で(実際頼りになるのだけど)、母もそれをよくわかっているからこそ、やろうと思えば一人でできることも「聞く・頼む」をあえてしてみたらどうか、と言ってくるのだ。


昔はそれを「父へのご機嫌とり」なのかと思っていたが、大人になってようやく「あぁ、これはご機嫌とりなどという媚びではなく、関係を良好にするために大事なことなんだな」と思った。そしてわざわざ頼る一手間を、しみじみ尊敬したことがあった。


自分にできる・できないなどの“事実”に関わらず、頼る。甘えるのではなく、媚びるのでもなく。“頼る”には他の意味合いと効果があるようなのだ。

そして今に至るまで父と母は無事、離れ離れになることなく暮らしている。


もちろん、ただただ闇雲に頼っていればいいというものでもない。


自分の場合を想像するとよくわかるのだが、嬉しくない頼られ方というのも存在する。

「便利屋じゃないんだから」と怒りたくなるような頼られ方というのは、大体の場合相手が「ラクをしたい」という魂胆が透けて見えるときだ。逆に、嬉しい頼られ方は、自分の詳しいこと・得意なことに関して意見を求められたり、お願いされたりするとき。


たぶんその違いは「相手が自分を尊重してくれていると感じられるかどうか」だと思うのだ。自己肯定感が上がる。認められている、と感じる。


言うまでもなく、母の“頼り方” はこれに当てはまる。うまい。




 “弱い女”を思い浮かべるとき、僻みの感情が大きくなると「わたしはあんなふうに媚びたりできない」とか「あんなふうに弱いふりなんてできない」とか思うかもしれないが、実際のところ、上手に愛される“弱い女”はそのどちらでもない。


二人の関係性において自分の気持ちをきちんと伝えるだけでなく、相手が言って欲しいことを想像して、ときに言ってあげる。たったそれだけ。


これすらできずに、愛されている女をひがむなんて、それこそかわいげがないというものだ。自分のバランスが崩れているときに、自分以外に負の原因をもってこようとするのは、本当に良くない。


そう自分に言い聞かせ、あの日から「“弱い女”など存在しない」と言い聞かせている。


さて、質問に戻る。


「男の手が必要ない」なんて、さいこうだと思う。一人でなんでもできる? 機械もの・配線も得意? ……できることが多い女を嫌がる人は誰もいない(そんなやつがいた場合は、自分の力を誇示したいだけの男なので捨てて正解)。


ただ、大事なのはそれによって相手の自己肯定感を奪う機会を作らないことであり、逆にいえば自己肯定感を与えられたらいいだけなのだろう。実際の「できる・できない」は全くもって、関係ない。


弱い女が愛されるのではない。

相手を喜ばせることができる女が、愛されるだけなのだ。


(ライター/さえり 写真/インディ 編集/サカイエヒタ)

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