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昔の女性はどうしていたの? 生理の歴史

2018.02.09

昔の女性はどうしていたの? 生理の歴史


どの時代の女性も「生理」そして、生理用品とも付き合ってきたはずです。しかし現在の女性たちが使用しているナプキンやタンポンなどの生理用品は、何百年も前からあったわけではありませんよね。昔の女性たちは、どうしていたのでしょうか?今回は「生理の歴史」を解説します。

記事監修



巷岡彩子(つじおか・あやこ)先生


産婦人科専門医。医学博士。都内の大学病院やクリニックでの勤務を経て、現在、不妊治療専門の産婦人科クリニックにて勤務。ママドクターとして育児や家事と仕事を両立しながら活躍中。女医+(じょいぷらす)所属。

■昔の生理用品はどんなものだった?

生理(月経)の際は、経血で下着や服を汚さないようにナプキンやタンポンなどの生理用品を使用するのが一般的です。


こうした生理用品の歴史はかなり古く、紀元前3000年ごろの古代エジプト時代のミイラから、タンポンのようなものが発見されています。日本で生理用品が文献に登場するのは、平安時代にまでさかのぼります。『一般社団法人 日本衛生材料工業連合会』によると、平安時代に円融天皇に献上された日本最古の医学書『医心方』の中に、月帯(けがれぬの)という月経帯が登場しているとのことです。


月帯はいわゆる「ふんどし」のようなもので、月帯と膣口の間に、経血を吸い取るための当て布を挟んで、使用していました。月帯は貴族のための高級品であったようで、庶民は古い布を当てたり、貴族が使わなくなった古い月帯を使ったりしていたようです。また当て布の代わりに、庶民は植物の葉を使っていたともいわれています。


ふんどしタイプの月経帯は、その後数百年に渡って使用され、江戸時代になっても使われていました。ただ、植物の葉を使うことはなくなり、庶民でも和紙を間に挟んで使うのが一般的だったそうです。

■ナプキンの登場は意外と最近?

経血を吸収するための当て布が綿に変わったのは、明治期になってからです。脱脂綿が一般に普及したことにより、月経帯との間に挟むものが脱脂綿になりました。また、脱脂綿を直接膣内に挿入するという方法もあったそうで、いわゆる「タンポン」のような使い方ですね。大正時代になると、脱脂綿をガーゼで包んだ製品も登場します。また、月経帯もふんどしタイプのほかに、ゴム製のものやT字タイプのもの、また猿股(さるまた)のようなタイプのものもあったそうです。


昭和に入っても脱脂綿の使用が主流で、このときタンポンも製品化されます。しかし第二次世界大戦が始まると、材料不足から生理用品に脱脂綿を使うことが禁じられ、代わりに吸収性の高い紙綿が使われるようになります。紙綿は1951年に脱脂綿の規制が解除されるまで使われていました。


生理用ナプキンが日本に登場したのは1961年です。生理用品の製造・販売を行っていたアンネ株式会社(1993年にライオン株式会社と合併)から、『アンネナプキン』という名前で登場しました。ただし、脱脂綿の吸収材以外にも表面材や防漏材が使われ、高級品であったため、広く普及することはありませんでした。


現在の生理用ナプキンのような、高分子吸収剤で経血を吸収するタイプのナプキンが登場したのは1978年です。花王株式会社が『ロリエ』を発売し、ここから生理用ナプキンが大きく普及したといわれています。



昔の女性たちも、やはり生理にともなう不快感があったのでしょうか? そう考えると、なんだか親しみがわきますね。

⇒参照記事:

『一般社団法人 日本衛生材料工業連合会』「ナプキンについて」

http://www.jhpia.or.jp/product/napkin/

(中田ボンベ@dcp)